ベアルさんの生きるブログ

個性派家族の生きやすさを探す

普通だけど普通じゃない

普通ってなんだろう

 

小さな頃から私はこのことに疑問を持っていました

 

なぜなら、うちの両親は小学生の頃から私に

 

「普通に生きるのが一番難しいんだ」

「普通が一番」

「普通になるんだぞ」と言っていました

 

その言葉の通り、勉強も運動もなんの取り柄もないけど

とりあえず普通の真ん中くらいにいる子供でした

 

反抗期に差し掛かり

普通なんて嫌だと思い

人と違うことをしようとしました

 

当時の私の中での人と違うこと

 

それがドラムでした

 

当時、女でドラムをやっている人は数える程だったんじゃないかな

女でドラム

 

普通じゃないことばかりをしたくて

でも、私はいつまでも普通のつまらない人間だという

思いはいつまでも消えませんでした

 

いつの間にか

 

普通=つまらないになってました

 

 

そして

私も大人になって

母の話し相手になる時が増えた時期がありました

 

母の口癖は「普通は〜でしょ」でした

自分の考えと違うものは普通じゃない

 

それは細部に渡り日常のありとあらゆるものに対する母の普通を聞いて

主婦とは〜が普通

女性は〜が普通

子育ては〜が普通

 

私は普通がますます分からなくなりました

 

親の前では物分かりのいい子供だったから反論も質問もできなかった

 

普通じゃなかったらどうなるの

 

そんな私が子供を産んだ

 

そしたらどうなったか

 

 

普通の母親にならなくてはと強く強く思いました

 

それは苦しい体験でした

 

 

 

長男は緊急帝王切開で、早産で生まれました

低体重でNICUに入院しました

 

そのことで自分を責めました

心は揺れました

 

産後の痛みも強い中、

両親に対応することが辛くなりました

めちゃくちゃくしんどい時にでも

気丈にしていなくては行けない気がして

 

弱音は吐けないし

頼ることが死ぬほど嫌でした

 

育児本もたくさん読んだし

育児のテレビも録画して何度も見ました

 

普通にお母さん、普通の子育てとはなんだろう

 

 

 

でも、

長男は普通にはいきませんでした

 

いわゆる子育てのマニュアルを実践してもダメで

母に相談しても、マニュアル通りのことを言われ

それでも上手くいかないと

私が優しすぎるからダメなんだ

しっかり躾けるんだと言われました

 

今思うと私は子供のことを見ないで

周りの目ばかりを気にしていたように思います

子供と外に出るたびにずっと謝りながら歩いていました

 

 

そんなこんなしているうちに2歳差の妹が生まれ

自体はさらに悪化しました

 

当時は育児ノイローゼだったと思うし

だいぶ追い込まれていたかと思います

大変すぎて記憶がないです

 

そして長男入園

 

お遊戯も工作もできて

友たちとも遊べました

 

生まれてからの検診でも何も言われなかった

 

でもいつまでも育児が大変で

なんでなのか分からなかった

 

そして、問題が表面化

 

登園拒否

 

私も子供も死ぬほど辛い思いをしました

 

でもやっと気が付けた

 

普通だけど

 

普通じゃない

 

 

てか普通って何?

 

 

その頃、偶然に本屋で手にした発達障害の本

 

私は腑に落ちました

 

正直その時の気持ちは「良かった」でした

 

そうかだからか

 

分かって良かった

 

そして長男へ

 

今まで分かってあげられなくてごめん

 

 

そこからの道のりもとても険しく、安心した気持ちもあるけど

 

 

なんでそうなったんだろうと自分を責めたりの繰り返し

 

療育センターに子供二人連れて行くにも

 

とても大変で泣きながら子供二人連れて行った記憶があります

 

もともと心配性な私はいつも準備周到にして時間には遅れないよう計算しても

 

やっぱりダメで

 

頑張れば頑張るほどダメで

 

実態が分からない両親はそんな私を責めるだろうと思ったし

 

案の定、上からものを言われて私の中で両親との限界を迎えました

 

 

両親と連絡を取ることをやめました

 

でも姉が助けてくれて転園の提案をしてくれて

 

少しづつ前に進み始めました

 

そこからは大変な時もあったけど周りに助けてくれる人も増えて

 

以前よりはとても安らかな日々を送ることができました

 

 

新しい園に入り長男は見違えるほど元気になりました

とても嬉しかった

 

心から子供が可愛いと思えるようになりました

子育てが楽しいと思えるようになりました

 

 

発達障害と一言で言っても

重度から軽度、10人いたら10人分の種類がある感じで

境界性もグラデーションになっていてとても難しい

 

軽度であればあるほど気がつかれにくく

対応もまたむすかしい

 

発達障害に関する本もたくさん読んで勉強したけれど

 

読めば読むほど

 

普通

 

それって一体なんなのかな

 

ここまで経験して、やっぱり分からないもんだなと思います

 

 

どうしても部屋が片付けられなかったり

どうしても時間に遅れてしまう人とか

人見知りとか

得意なものに対する集中力がすごいとか

 

いろんな人がいてそれぞれの性格といえば

それまでだし

 

でもその性格で障害が出で来てしまうことが発達障害と捉えるのならば

その障害が出ないように対応すれば

それはただの性格になる

 

普通になる

 

本人が困らないように

窮屈に生きていかなくて済むように

そのための対応

 

頭では分かっているけど

私自身の生い立ちから対応を実行し続けるのが

難しく、葛藤します

 

本当のことを言ってしまえば

普通じゃないって素晴らしい!!!

そのままで大丈夫じゃん!って思うから

 

学校だって行かなくてもいいし

好きなことたくさん追求して面白い人間になったらと

 

でもずっと意味の分からない『普通』という言葉に

に縛られて生きて来た私が居ます

 

これから先、まだ困難は続くかもしれない

でもこの先、普通に縛られない自分になりたいって思うから

試行錯誤しながら息子と向き合い生きていきたいなと思います